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国家はなぜ衰退するのか-Why Nations Fail-

本書では、繁栄する国家と衰退する国家の違いの理由として社会制度と経済制度の違いを挙げる。筆者は繁栄する国家と衰退する国家の具体例をあげつつ、違いが生まれる理由、これらの違いが社会にもたらす影響、そして今日衰退している国家の問題点をあげ、中華人民共和国の社会制度と政治制度の見通しを語る。

なお、国家の繁栄と衰退に関しては、「無知説(国家が衰退しているのは為政者が無知だからで、先進国の人材が知恵を授けてやれば発展し始めるだろう、という考え方)」や、ジャレッド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』のように地理や気候、算出される資源を要因をあげる理論が注目を浴びていたが、本書ではこれを否定している。しかしながら、ジャレッド・ダイヤモンドは本書を絶賛しているそうである。

 

1.国家が衰退する理由

国家の繁栄の違いの理由として、地理的要因、民族性、国民性、などが要因とされてきたが、本書では社会制度と経済制度が原因と結論づけている。

社会制度は、「収奪的な中央集権国家」と「包括的な中央集権」の2種類に分類される。ソマリアやイエメンのように中央集権すら確立できていない内戦中の国家もあるが、今日では例外的な存在だ。

中央集権国家が確立できない場合、人々は自身の財産以前に生命の心配をしなくてはいけない。当然、生産性を上げるインセンティブがないためイノベーションが起きず、経済は発展しない。

「収奪的な中央集権国家」では、国民から集めた富を社会のエリートが独占する社会形態だ。為政者は、集めた富を私服を肥やしたり権力を増やすために利用する。中央集権が確立されているため、為政者が生産力を効率的に分配することができれば、ある程度は社会の生産性を高めることはできる。しかしながら、基本的には為政者の気分で財産や生命が脅かされる危険は変わらないため、起業やイノベーションが起きるインセンティブがない。そのため、「中央集権国家(包括的)」と比較すると生産性は低い。

エリート層は社会の富を収奪するため、実力者にはエリート層に取って代わろうとするインセンティブが生まれる。革命が起きても収奪者が変更されるだけで、人々から搾取する構造は変わらないため、何かきっかけが生まれない限りはこの構造が続く。

かつてコンキスタドールが新大陸でやった収奪的な社会、プランテーション、奴隷貿易、欧州諸国のアフリカでの収奪的社会が代表的だが、現在でもこの社会形態は数多く残っている。サハラ以南のアフリカ諸国やや北朝鮮、中国、中南米諸国である。

「包括的な中央集権国家」で社会をコントロールするのは一部のエリートではなく、国家の構成員が包括的に国家運営に参加して各々の意見を反映させる。これを実現するためには、法の支配で生命と財産が保証されなければならない。生命と財産が保証されると、人々により豊かになろうとするインセンティブが生まれ、起業やイノベーションが活発となり、社会全体の生産性が上昇する。包括的な中央集権国家によって、このような包括的な経済制度が生まれる。

「収奪的な中央集権国家」と「包括的な中央集権国家」の差をイメージするには北朝鮮と韓国を比較するのが最も分かりやすい。彼らはほとんど同じ民族性や地理的要因を持っていたが、北朝鮮と韓国に分かれて異なる為政者を持ち始めてから運命が変わった。

 

収奪的な中央集権国家から包括的な中央集権国家に移行するために必要な事柄は、様々な要因が考えられる。商業の発達による中産階級の勃興や、ペストによる労働者の減少、などなど。だが、この要因を一般化することは非常に困難で、移行した国家とできなかった国家に明確な違いを見いだすことはできない。おそらく、偶然が大きく左右したのだろう。

 

2.好循環

包括的な政治制度と包括的な経済制度は社会への好循環をもたらす。

「包括的制度を傷つけようとする企てからそれを守り、さらにはより大きな包括性をもたらす力を発動させる正のフィードバックの強力なプロセス」が存在するためである。包括的政治制度の基盤は、権力の行使に対する制約と、社会における政治制度の多元的な分配に基づく。万が一政治的な権力のバランスが崩れると、のちに包括的制度全般が崩壊して収奪的な制度に戻ってしまう。そのため、包括的政治制度ではその状態を維持拡大ために、多元主義とそれが含意する法の支配を維持することになる。

包括的な政治制度は包括的な経済制度を支える傾向がある。これによって、より平等な所得分配、広範な社会階層への権限付与、政治活動の場の公平化につながる。これらの要因によって真に民主的な政治制度が出現する。

 

3.悪循環

収奪的な政治制度のもとでは、逆にこれが強化される悪循環に陥る。それは、この政治制度が多くの人を犠牲にして少数が富む仕組みになっているからだ。為政者はこの富から私的な軍隊いや傭兵組織を編成し、選挙不正を行い、権力に居座るための資金を手にする。収奪的な政治制度が収奪的な政治制度が存続するための土台になる。

この状況では権力の濫用に一切歯止めがかからない。

そして、収奪的な制度は束縛のない権力と極端な所得格差を生み出すことで、政治ゲームで得られるであろう賞金を増やし、権力とその支配をめぐる内戦へのインセンティヴを生み出す。

アフリカをはじめとした資源国の内戦は大抵このパターン。

 

4.中華人民共和国の今後

筆者は、中華人民共和国の今後の繁栄については非常に懐疑的である。

中華人民共和国は鄧小平によって市場経済を導入したが、いまだに収奪的な政治制度を運営していることがその理由。

 

5.感想

人間社会、特に国家の研究に関しては、様々な変数が存在し、偶然の産物によって結果が大きく左右されること、そして何よりも実験で再現させることができないため、一般的な理論を生み出すのが難しい。それをやろうとすると、「かつて起きたこと」を元に判断するしかない。そのため、研究者の主観や先入観によって内容が大きく変化する。

本書は、あえてその領域に踏み込んだ意欲作だった。

シンプルに、包括的な政治制度と包括的な経済制度が繁栄する国家の要因と結論づけているが、それに至るための道筋が再現できないことに加えて偶然に左右されることを考えると、これ以上具体性を持つ理論にもしにくかったのだろうと思う。

 

中華人民共和国の繁栄に関しては、個人的には筆者の考えに同意。裁判所は政府の意に沿った恣意的な判決を出すし、人権も十分に守られているとは言い難い。包括的な経済制度が包括的な政治制度のもとに成り立っていると考えると、長続きする可能性は低いだろう。

強力な中央集権国家のもとで情報技術にリソースをガンガンつぎ込んでいるためこの分野でイノベーションが起きているが、宇宙科学技術だけ世界トップだったけれども崩壊してしまったソ連のような結末を迎えるのではないかと思う。

 

結局、本書の理論が正しいかどうか証明することはできない。ただ、中華人民共和国やそれに準ずる収奪的な政治制度のままで包括的な経済制度を導入して成功する国家が増えていけば、本書の理論は誤っていることになるのではないか、と思う。そういう意味でも、中華人民共和国の行く末には非常に興味を持っている。私の生きている間に決着がつけば良いのだけれど。